かりんちゃんの随心遊戯日誌

ゲームの日記、たまに政治の話、香港の話

奈良4

もっとも遠い飛鳥・吉野を消化したので、今日は本来の目的・聖徳太子ゆかりの4寺を回しました。

そう、奈良に行くきっかけとも言える。飛鳥も吉野も、この4寺を回りたい、ということで決めたのです。

ただ、4日目で回す理由は、単純に奈良市と近いから、まずは面倒な予定を消化しようということからです。

実際、雨は思ったより早めに上がってきたので、快適な天気ということもあるが、8時出かけて、ご当地ランチを食べても、13時ぐらいで4寺のミッションをコンプリートしました。

そういうことも考えましたので、アドリブではないですが後で郡山城跡を計画に入れたのです。まあ、少なくとも、スケジュールを考えるときに郡山城は視野範囲内でした、だから大河ドラマが秀長をやるから急遽に決めたわけでもないのです。

 

そもそも僕は仏教そこまで興味はないので、ここまで寺を回すのは、お母さんも「こいついつの間に仏教にこんなに熱心なの?」と言われるほど。でも本当に仏教は興味ないのです。ただ、飛鳥時代、とりわけ聖徳太子というと仏教は切っても切れない関係ですから、「史跡」という観点で回ったのです。

そもそも、歴史書を読んだときも不思議と思いますが、聖徳太子は天皇血統はつまり自分自身もアマテラスからの直系なのに、なぜ他国の神様にハマったのか…ということは今でもまだ答えが見つからない。ただ、今の日本は結局聖徳太子の17条のより出来ている(本当に聖徳太子作かはともかく)、だから是非ともご尊顔を拝し奉りたかった。

しかし仏像は写真取れないしいろんな仏像を見ても正直感覚はないです。(飛鳥時代あたりだと、ああこれは1000年以上の宝物ということまでは認識している)。

法隆寺は結構賑やかだったが、法輪寺や法起寺は僕一人だけ独占の状態だった…。まあ、かなり外れている場所にいるからね…でも飛鳥・白鳳時代からの建築をこの目で見たかったので、満足でした。

 

郡山城は、比較的に新しい発掘調査で出来上がったようで、城はなくとも人はわりと。まあ2年後大河ドラマ放送されるともっと混雑するだろう…。

しかし、相変わらずJRと近鉄が離れているのが非常的に不便でした…。

 

郡山城回っても15時なので、やることもなく(まだ最終日の予定はあるが15時は割とぎりぎりと、持ち出した御朱印帳がついに全ページ埋めましたのでもう無理です)、駅メモ埋めに生駒などに大回りしました(ちゃんと生駒の改札を出たので、大回り乗車ではありません)。まあ、宇陀方面のこともあるだろうし、結局MO奈良は無理ですがいつかまた来ると思うので残りはその時で。

 

さて、明日いよいよ最終日ですね…