かりんちゃんの随心日誌

随筆、旅行の話、温泉むすめの話、香港の話、言いたい放題

様々な感情が渦巻く中、“生きたい”と思える

今週はいろんなことが発生しましたな。

日本では高市氏の賭けが見事に勝利を収めた。しかし同時に、香港では最悪の審判が下された(黎智英一件)。この2つの出来事で様々な感情が交錯するが、自分に「今」できることは正直限られているので、引き続きもがき生きるしかない。

ふと脳内に浮かぶ、先日読了した『一九八四+四〇 ウイグル潜行』の著者のこの言葉

香港の民主化運動についても同じだが、私たちが中国の人権問題に対して訴えていることは結局のところ” ロだけ”で、行動が伴っていない。中国と経済的に協力関係にある日本や欧米は口では文句を言うものの、行動としては中国の政策を追認しているに等しい。そう考えると、 私たちは香港やウイグルの人々に対して味方のつもりでいるようで、実は中国当局の弾圧を黙認していると言わざるを得ないのではないか。

自分の視点からすると、この言葉は事実ではありますね…。ただ、「文句を言う」すらしない人が日本にもたくさんいるので、「文句を言う」でも、声を出すだけでも個人的に励みにもなれます。世の中では、言葉だけでも力になるからですね。勿論、この認識ができた著者は、実は見事とも言うべきです(ただ最後の章は到底認めませんね)。

さて、今日は湯原砂和に出会って1周年の日です。

本当に早いものですね、1年前アレほどわくわくしてた記憶は、まるで昨日のようだ。湯原砂和のおかげで、初めて「生きたい」と思うようになった。この子を連れて出かける使命感。たぶん彼女は「推し」以上に、なにか人生で長い間ずっと求めていた、もう半分みたいな存在。変人と自覚はしますが、本当にこの子に出会ったら、いろんなことが変わりました。

これからの人生はどうなるか自分もわかりませんけど、今だけは、この子といっしょに頑張りたいと思っている。