民主主義とはどんなものか、人それぞれの解釈があるかもしれない。自分にとっては、結局権力の一極集中を防止、国民がトップの権力を制御することができる、という意味で、投票よりも罷免のことに拘る。
実際投票自体は独裁国家でもやってるし、中国共産党自体も形として投票することは可能、いまの香港でも親中派は「投票できる」ということで植民地時代より民主的とアピールする。
でもあいつらは「民主国家」なのか?
ならばこそ、トップを選ぶ権利だけではなく、トップをやめさせる権利こそ重要ではないかとずっと思っています。人は結局、権力によって変わる生き物です。大人しそうな人でも、権力を持たせると別人に豹変する例はいくらでもある。現に、おそらくいまの石破でもそうである。
もちろん、無差別に罷免できるのは国として機能できなくなる。でも、それができない、あるいは極めて難しいことであれば、民主主義で選ばれた権力者が制御されなくなり、暴走することは、結局独裁主義と何の変わらないである。
だからこそ、本当の民主主義は、投票ではなく罷免の可能性と自分は捉える。実際、中国、ロシアなどの独裁国家に、人は習近平やプーチンをやめさせる事が可能だろうか?
この定義だけを見ると、日本は民主主義なのかどうか、正直微妙である。確かに党員が総裁をやめさせることは可能、そして首相は国会が解散すれば可能、ということだが、どちらも日本国民が直接参加できるものではない。
石破がいま首相の位を居座るのを見て、改めて日本の政治制度はこれでよいか、と考えさせられる。