かりんちゃんの随心日誌

随筆、旅行の話、温泉むすめの話、香港の話、言いたい放題

日傘とぬいポーチ

日傘を買ってきました。

去年からすでに買おうと考えましたが、なかなかいいものを見つからなくて、あるいは高くて躊躇ったので見送りましたが、今年もおそらくまた灼熱の天気で徒歩する機会が多いだろうと思い、色々と探し回ったら、槙田商店の日本製日傘を見つけて、そのまま購入しました。

高いと言えば高いが、安物買いの銭失いが信条ですし、もとより中国製は可能な限り回避するから、これでいいと思いますね。

日本製の折りたたみ傘は、一つ懸念点としては開閉が面倒なのが多い、現に雨用の折りたたみはポキポキと骨を折るタイプで、使うのは少し面倒であった。

ポキポキと骨を折るタイプは確かに風に強いから、雨用はまあしかたないとしても、日傘で風への対策は別にいらないなと思い、こっちのがちょうど良かった。

 

さて、もう一つのはぬいポーチ。使ってるのは不満はないこともないが、形はあまり固定してないタイプから、人が混むとポーチが変形しちゃうこともあり、未だにこれより良いものを探し求めている。

ただ、難点はサワチャぬいを含めて、温泉むすめのぬいは結構デカい。日本製のぬいポーチはないわけでもないが、大抵はサイズがそんなに大きくない。

例えば、試しにこの「Cheriotte ぽこっとポーチ」を一個買ってみましたが

サイズを見ると本当にギリギリすぎてそこが懸念でしたが、そのとおりでした。

入れないわけでもないが、サワチャぬいの足が前に伸ばせなく、なかなか苦しそうな格好をしている。これ、もうちょっと大きいサイズがあればちょうど良かったかもしれないが、レビュー書けないから要望出せないね…。

まあ、元のポーチは変形するけど、逆に言えば足はそのまま伸ばせるから強みかもしれない。

あるいは、元のポーチの形を固定する方法を考える方が良いかもしれない。

温泉むすめグッズ情報@20260408

洗脳された価値観

歴史はこのように変えられていく。

歴史書たくさんあるじゃん、と言われても、まず回りの中国人を見てみるのです。どれぐらいの人が、「天安門事件」を知ってるか、と考えれば、独裁政権ではそんなものです。

本気で探せば、確かに真実を知る手段がなくともないが、はてさて、世の中にどれぐらいの人が「本気」になれるか、という問題ですね。

しかもわざと隠蔽したものを、海外でも行かない、そういう人でも接触しない限り、自ら問題を気付くのが、可能性は限りなくゼロとも言えます。

さらに、洗脳された場合、自分が今まで信じてきた価値観と相容れないものであり、それで正気を保つ人間は、どれぐらいいるだろうか。

ファーストインプレッションは怖いよね。

これが本物の独裁です。

 

たまに香港の掲示板を覗いでみると、中国に行った香港人が書いたことを読んだ

中国テレビは1時間内、アメリカが学校や病院を爆撃するニュースや、イランの逆襲と、アメリカの反政府デモを何回も放送していた

こればかりを見ると、そりゃ無意識にアメリカに敵意を剥き出すのよね…
あるいは、中国が本当に危機感を覚えていて、洗脳工作を強めたか

そういえば日本も騒いでたな最近

温泉むすめグッズ情報@20260404

温泉むすめグッズ情報@20260401

「戦争反対」は正しいか…?

この記事を見て、改めて考えました。

www.sankei.com

別に戦争を支持するわけでもないが、見方によっては、今の平和を維持することは、すなわち独裁者の味方をすることでもある。香港人として、上記イラン人の気持ちは深く理解できるつもりだ。

日本は長い間「平和」を享受してきたため、弾圧されることもなく、唐突な戦乱に抵抗感があるのは仕方ないだろう。でも、その「平和」の裏には苦しんでいる人がいて、その人たちは圧政の中でもがきながら生きている。今の「平和」は、必ずしも彼らにとっての「正義」ではない。

「意志を放棄した人間は人間にあらず」。人はそれぞれの「正義」のために奮闘していく。そして「正義」と「正義」がぶつかるとき、争いが起き、戦争が起きる。人はそういう生き物である。ときに残酷だが、理想のために奮闘する姿は、愚かでありながらも実は尊い。

そなた達の中には、自分の理論に納得しない人もいるだろう。これもまた「争い」だ。所詮、生まれた場所が異なれば、これまで経験してきたことも違い、価値観も信念も異なる。すなわち「正義」も違うはずだ。日本に逃げてきたとはいえ、常に何かに怯えているし、「なぜ私はこんなところにいるのか」といつも自問自答している。旅をして現実逃避するのが、精神を保つ精一杯の抵抗だ。

思考停止で「戦争をやめろ」と叫んでも、自分にはどこか空虚に思える。別にその考え方を否定するつもりはない。ただ、それを「正しい」と断じてしまうのは、結局のところ自己中心的で偽善的ではないかとも感じる。

そもそも、叫ぶだけで世界は変えられない。今できることをするしかない。順風満帆の旅など存在せず、予想外のことはいつでも起きる。人間はいつだって様々な苦難を乗り越えていく。そう信じて、自分は生きている。

ゆえに、私は「戦争反対」を唱えない。